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鈴鹿回生病院 附属クリニック
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ドクターズリスト

 

 

大阪市で生まれましたが、諸般の事情により生後6ヶ月で和歌山県有田郡清水町北の川という山奥に移り中学卒業までは田舎で暮らしました。小学校は全校生徒数が20名足らずで、複式学級でした。今はもう廃校になっています。自転車などで行ける距離には書店やスーパーなどがないようなところでした。毎日、山や川を駆け巡っていました。

そんな田舎なので、病院も当然ありませんでした。なんでもみてくれる?内科医が一人開業されているだけでした。今のようにドクターヘリもなく、脳卒中にせよ外傷にせよ、救急車にゆられ数時間かけて病院に向かわなければなりません。結果は当然よくないことがほとんどでした。そんな環境であったため少しずつ医師を志すようになっていきました。

いろいろな科があり、いずれも非常に大切ではありますが、脳は特に人として生きるための最高中枢です。これを脅かす病変に対して治療できる事に魅せられ脳神経系を扱う科をえらび、実際に神秘的な脳をみて脳神経外科だと確信しました。

音楽を聴きながらドライブしたり、本を読んだりすることは好きですが、なかなか時間がありません。一番無心になれる時間が手術中です。手術後に、元気になって帰られる姿がたまったストレスを一気に解消してくれます。それでいいと思っています。

脳卒中センターにSCUを開設したところですが、さらに人員や設備を整えまずは県下1のセンターにしたいです。また、防災医療の担当もしておりますので、いつか来る災害に対する準備を整えていきたいです。

脳血管障害全般特に脳動脈瘤と血行再建術です。三叉神経痛、顔面痙攣、脳腫瘍なども治療しております。

中学、高校、大学と続けたスポーツはソフトテニスです。高校時代は、空手部を友人らと創部。1年だけで廃部となりましたが、県下の団体戦では優勝でしました。高校の間、テニスは試合要員でした。大学も6年間テニスをつづけ幸運にも6年の夏に全医体に出場できました。文化部では意外にも中学時代は演劇部に属し主演を演じました。


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