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鈴鹿回生病院 附属クリニック
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ドクターズリスト

 

 

 津生まれの津育ちです。高校だけは電車で通いましたが、幼稚園から大学まで歩いて通ってました。私の幼少時は、津の西側は山ばかりで、山でよく遊びました。その頃は防空壕がまだあり、その穴に隠れて遊んでいました。3人兄弟の末っ子で、二つ上の姉の後ろばかりついて歩いていたそうです。姉にはいまだに言われます。

 幼少時はパイロットに憧れた時期がありました。教員、スポーツ選手にも興味がありましたが、中学の時にブラスバンドでトランペットを経験し音楽の道も考えました。東京オリンピックの時に県庁の向かいで演奏したこともありますし、三重県大会で優勝してNHKに出たこともあります(笑)しかし、どの分野もプロはすごい、これは無理だと思いましたね。両親は医療系の仕事ではありませんでしたが、父からは「食いっぱぐれのない医師になるといい」と言われていました。当時はうるさいなぁと思っていましたが、そんな助言のおかげで医師を選んだようにも思います。

 

 あの頃は、外国帰りの医師は少ない時代でした。その時代にアメリカでレジデントをして講師までされていた外科の先生がちょうど日本に帰国しており、その先生の夜中のカンファレンスによく行かせていただきました。それがきっかけで外科に進んだと記憶しています。

 

 歴史小説が好きですね。私の歴史の知識は小説から来ていると言っても過言ではないですね。なかでも古代中国の偉人にスポットを当てた作品を得意とする宮城谷昌光や、日本の歴史小説の第一人者、司馬遼太郎などが好きです。本屋へ行って同じ本を買ってきてしまうこともあるので、うちでは邪魔者扱いされています。音楽では1960〜70年代前後のジャズが好きです。

 

 これからは患者さんの負担を少なくすることや、内視鏡の手術、腹腔鏡の手術ですね。今後はさらに増えると思います。消化器疾患全般について、また緊急を要する疾患は何でも受けます。

 スポーツが好きで、高校の時はバレー部でしたが大学ではサッカー部で汗を流していました。また、「サニーオールスターズ」というジャズバンドに所属していました。このバンドはさらに進化し今でも続いています。また、プロが主催する楽団へ入って演奏を続けている先輩もいます。当時、西日本の音楽祭典があり、西日本のあちこちで演奏していました。他大学ですがプロ級レベルの強者がいて、彼はヤマハのコンクールで2位になりましてね。医者をやめて東京へ行くと言いだした為、みんなで止めたと言う話を聞いたことがあります。高校の時も、高校野球の応援団がいますよね。そこにちょっと入れてと、飛び入り参加してトランペットを吹いていたこともあります(笑)

 

 


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